浦和地方裁判所 平成7年(ヨ)562号 決定 1996年3月29日
債権者
及川浩子
右代理人弁護士
牧野丘
(他三名)
債務者
社会福祉法人 与野市社会福祉協議会
右代表者理事
井原勇
右代理人弁護士
早坂八郎
主文
一 債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は債権者に対し、平成七年七月一日から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月末日限り月額二八万〇八八〇円、毎年三月末日限り金一二万六九四〇円、六月末日限り金四〇万六二〇八円、毎年一二月末日限り金四八万二三七二円の割合による金員を仮に支払え。
理由
一 当事者が求めた裁判
1 債権者
(一) 主文一項と同旨。
(二) 債務者は債権者に対し、平成七年七月一日から本案の判決確定に至るまで、毎月末日限り月額二八万〇八八〇円、毎年三月末日限り金一二万六九四〇円、六月末日限り金五〇万七七六〇円、毎年一二月末日限り金六〇万九三一二円の割合による金員を仮に支払え。
(三) 申立費用は債務者の負担とする。
2 債務者
(一) 本件申立てを却下する。
(二) 申立費用は債権者の負担とする。
二 申立ての理由
1 被保全権利
(一) 当事者
(1) 債務者は、昭和五六年一月一二日に設立された社会福祉法人であり、埼玉県与野市における社会福祉事業の能率的運営と組織的活動を促進し、地域社会福祉の増進を図ることを目的として、社会福祉を目的とする事業に関する調査及び研究などを行っている。
(2) 債権者は、平成六年四月一日、債務者の事務局職員として就職した。
(二) 本件解雇
(1) 債務者は、平成七年六月三〇日、債権者に対し、同日、懲戒解雇する旨を通告した(以下「本件解雇」という)。
その際、債務者は、債権者に対し、債務者職員の服務規程三一条二号(以下「本件規程」という)により、債権者を懲戒免職とする旨を記載した書面を読み上げて交付した。
(2) なお、債務者は、債権者に対し、平成七年七月一四日、「解雇予告手当」として二九万一六〇九円を送金し、さらに、同月二一日付けの「異議申し立てに対する回答について」と題する文書(以下「本件回答書」という)を送付してきた。
(3) 本件規程は、債務者の職員が業務上の指示命令に不当に反抗し、職場の秩序を乱した場合に懲戒解雇できる旨を規定している。
しかし、債務者は、債権者に対し、本件解雇の原因となる具体的事実を一切説明していないし、本件回答書にも具体的な懲戒事由が記載されていない。
債務者は、債権者が協調性がなく、職務に不熱心であることをしきりに強調するが、いずれも事実の誤認や歪曲を前提にした議論である。債権者は、これまで債務者から懲戒を受けたこともなく、本件解雇の原因となるべき事実は存在しない。
したがって、本件解雇は合理性がなく、解雇権を濫用したものである。
(三) 債権者の賃金
(1) 債権者の賃金は、毎月一日から末日までの分が当月末日に支払われる。
債権者は、債務者から、平成七年四月一日以降、毎月二八万〇八八〇円の給与を支給されていた。
(2) また、債権者は、給与月額のうち基本給、扶養手当及び調整手当を合計した額の〇・五か月分を三月末日までに、二か月分を六月末日までに、二・四か月分を一二月末日までに、それぞれ期末手当として支給されていた。
2 保全の必要性
債権者は、未成年の子と二人で生活していたが、本件解雇により、生計の手段を失った。
よって、本件申立てをする必要性がある。
三 債務者の認否及び反論
1 被保全権利について
(一) 二1(一)(当事者)は認める。
(二) 同(二)(本件解雇)について
(1) (1)(本件解雇)、(2)(「解雇予告手当」の送金、異議申立てへの回答)の各事実は認める。
(2) (3)(解雇権の濫用)のうち、本件規程が懲戒解雇について定めている事実は認め、本件解雇が合理性がなく解雇権を濫用したものである旨の主張は争う。
(三) 債権者は、上司の指示命令にしばしば不当に反抗し、職場の秩序を乱した。また、協調性がなく、他の職員と共に円滑に業務を遂行することができない。
債権者の行状を例示すると、次のとおりである。
(1) 債務者が雇用して間もない頃から、遅刻が多く、また、午後五時になると仕事が残っていても帰宅してしまい、残業をしたことがない。
これを債権者の上司である増岡一夫事務局長(以下「増岡局長」という)らが注意しても、一向に態度を改めない。
(2) 平成六年五月一七日、「しあわせサービス」の調査のため同僚と外出中、午後五時になると一人で帰宅してしまった。
(3) 同月一八日、来客にお茶を出すよう求められたが、拒否したうえ、同僚がお茶を出したことにも「余計なことをするな」と非難した。
(4) 同年一〇月一二日、自分の過失によって、自動車の車庫入れの際に事故を起こしたが、その責任が同僚にあるという虚偽の報告をしたうえ、その嘘がばれても、「もうそれはわかった。それはいい……」と大きな声を出して話をそらし、全く反省しなかった。
(5) 同月二九日、翌日の「福祉の市」の準備中に、午後五時になると準備を放棄し、自分だけが先に帰宅しようとして、それを咎めた増岡局長に食ってかかった。
(6) 同月一一月一七日、「しあわせサービス事業」の協力員の初会議が午後六時三〇分に予定されていたのに、当日、休暇を取って、会議運営の責任を放棄した。
(7) 平成七年二月二四日、午前一〇時から予定されていた会議に自宅から直接赴いて出席したいと架電してきた。
増岡局長の指示によって、ひとまず債務者の事務局に出勤したものの、自分で出勤の方法を決めないよう注意されても反省の意を示さなかった。
(8) 同年五月一六日、増岡局長から「地域福祉活動計画」の策定作業のため残業をするよう求められたが、無視して帰宅した。
(9) 同月一八日、岸田国彦事業係長(以下「岸田係長」という)が障害者の作品展示を準備するよう指示したが、これに応じなかった。
そこで、翌朝八時三〇分から準備するよう指示したが、債務者は、朝二時間の休暇を取ってしまい、結局、他の職員が準備することになった。
(10) 同月二九日、「入浴福祉サービス事業」の実施日について岸田係長と対立し、増岡局長及び岸田係長が債権者と話し合ったが、承服せず、逆に、増岡局長に対し、その男女関係についての秘密を暴露すると脅した。
(11) 同年六月九日、「しあわせサービス」協力員の一人を侮辱し、これと前後して、他の協力員から、債権者の対応が怖いという苦情が寄せられるようになった。
また、ある同僚に対し、「別の二人の女子職員はお茶汲みのためにいるのだから、あなたはお茶を入れなくてもいい」と平然と言って、職員の和を乱した。
(12) その他、残業する職員に厭味を言った、他の職員の留守中にその椅子に座ったり、机の回りの物を探した、見境なしに怒鳴って職場の雰囲気を乱した、異動してきたばかりの上司から資料の提出を求められても「あそこにあります」と見ているだけであった、自分の仕事のやり方を他の職員に押しつけようとしたなどの行状があった。
(四) このため、増岡局長をはじめ債権者の上司や、就職の際に債権者を債務者に紹介した国会議員某(以下「紹介議員」という)らは、債権者に対し、その勤務態度について何度も注意したが、債権者は、一向に反省せず、ますます反抗的になった。
そこで、債務者は、紹介議員の意見も聴いたうえ、本件解雇に及んだのである。
(五) 同(三)(債権者の賃金)ついて
(1)(賃金月額)の事実は認め、(2)(期末手当)の事実のうち、債権者が受けるべき期末手当の額が六月末に二か月分、一二月末に二・四か月分であることは否認し(六月末は一・六か月分、一二月末は一・九か月分である)、その他は認める。
2 保全の必要性について
二2の事実のうち、債権者が未成年の子と二人で生活していることは認め、本件解雇により生計の手段を失ったことは不知。本件申立てをする必要性があるとの主張は争う。
四 当裁判所の判断の要旨
1 被保全権利について
(一) 二1(一)(当事者)は当事者間に争いがない。
(二) 同(二)(本件解雇)について
(1)(本件解雇)、(2)(「解雇予告手当」の送金、異議申立てへの回答)の各事実は当事者間に争いがない。
これに、(書証略)(以下の説示に反する部分を除く)及び審尋の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。
(1) 債務者は、埼玉県与野市における社会福祉事業を推進するため、市内の各自治会を単位とする支部によって構成され、高齢者福祉事業などの「一般事業」のほか、市民の自主的な奉仕活動、すなわち、いわゆるボランティア活動を推進する「ボランティアセンター事業」を行っている。
債務者の事務局は、債務者の事業を具体的に企画、推進することを任務としており、事務局長などの主な管理職は、与野市からの出向者である。
(2) 債務者の事業内容は、その性質上、固定したものではなく、時代の要請を踏まえながら、新規に開拓すべきものが大半であり、そのためには、事務局各職員の創意工夫に期待されるところが大きい。
これは、反面から見れば、事務局各職員の職務分担や業務の内容が流動的であるうえ、変更が許されない作業手順があるわけでもないから、「お互いに適当に」仕事を済ませることも可能であることになる。
(3) 増岡局長は、債権者が、就職後早々に、子供の世話を理由に出勤時間を遅くしてほしいと要求したり、「お茶汲み」に快く応じようとしなかったうえ、これについての不満を外部に漏らしたことなどから、紹介議員宛に善処を求めるなどした。
しかし、債権者は、事務局内で横暴なのは増岡局長の方であるという考えを変えなかった。
(4) 債権者は、前記のような職場において、それなりに役割を果たしてきたが、自己主張が強いと嫌悪する向きもあった。
増岡局長は、平成七年六月一四日、紹介議員宛に、債権者を自主的に退職させるよう依頼し、同月二一日、右議員から、秘書を通じて、「処分は止むを得ないものと了解している」旨の返事を得た。
債務者代表者は、同年六月三〇日、債権者に対し、いきなり出頭を求め、懲戒解雇する旨を通告したが(本件解雇)、その際、本件規程により債権者を懲戒免職とする旨を記載した書面を読み上げただけで、具体的な懲戒事由については説明しなかった。
(5) なお、債権者は、同日、債務者に対し、本件解雇に対し異議を申し立てた。
また、債務者は、債権者に対し、同年七月一四日、「解雇予告手当」として二九万一六〇九円を送金したものの受領を拒絶され、さらに、本件回答書を送付している。
しかし、本件回答書においても、懲戒事由の「一例」として「業務上の指示命令に不当に反抗し職場の秩序をみだした」ことを挙げているものの、債務者が、何について「議論の域を越え、自分の立場も顧みず」反抗したのかについて、具体的な日時や場所を特定したうえでの記載はない。
(6) 債務者は、債権者が協調性がなく、職務に不熱心であることをしきりに強調する。
しかし、債権者は、これまで債務者から懲戒を受けたこともなく、債務者がるる述べるところの、三1(三)に列挙された債権者の行状なるものも、仮にそのような事実があるとしても、管理職の職務命令によって対処し得るものばかりである(なお、債務者の事務局内において、女性だけに「お茶汲み」を強制することの合理性の乏しさは、殊更に説示するまでもない)。
結局、債権者が職場の秩序を乱したとか、協調性がなく円滑に業務を遂行できないなどの、本件解雇が止むを得ないことを窺わせる疎明はないといわなければならない。
したがって、本件解雇は、合理的理由がなく、解雇権を濫用してなされたもので無効であると認められる。
(三) 二1(三)(債権者の賃金)の事実は六月末、一二月末の期末手当の額を除いて当事者間に争いがないが、期末手当につき、六月末が一・六か月分、一二月末が一・九か月分を超えて支給されていたことを認めるに足りる疎明はない。
2 保全の必要性について
(一) 債権者は、未成年の子と二人で生活していたが、本件解雇によって生計の手段を失ったことから、その地位を保全する必要性が認められる。
(二) そして、債権者は、平成七年四月一日以降、毎月二八万〇八八〇円の給与(通勤手当を除く)を支給されていたこと、さらに、給与月額のうち基本給、扶養手当及び調整手当を合計した額の〇・五か月分を三月末日までに、また、右の額の少なくとも一・六か月分、一・九か月分をそれぞれ六月末日、一二月末日までに、期末手当として支給されていたことから、その範囲で本案の第一審判決言渡しに至るまで、仮払いの必要性を認めるのが相当である。
五 よって、本件申立てを前記の範囲で相当と認め、担保を立てさせないで主文のとおり決定する。
(裁判官 亀井宏壽)